松山地方裁判所 昭和24年(行)11号 判決 1949年11月17日
原告
野本仲夫
被告
愛媛県農地委員会
主文
被告が昭和二十三年七月二十八日附を以て原告所有の別紙目録記載の農地に係る愛媛縣西宇和郡双岩村農地委員会の買收計画についてした原告の訴願を却下した裁決はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
請求の趣旨
主文同旨
事実
原告は、その請求原因として、
別紙記載の農地は原告所有の小作地であるが双岩村農地委員会(以下村委員会と略称する)は昭和二十三年六月五日右農地につき以降述べる様な事情の下に自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六條の二第一項を適用しいわゆる遡及買收計画を立てた。即ち原告は昭和十八年水害の際山崩のため住家が埋沒し駄屋兼納屋一棟を残すのみの惨害を蒙り当時戦争中のこととて住家の再建も意の如くならず村内には適当の借家もなかつたので止むなく隣接の八幡浜市(天神通り三丁目千四百二十一番地)に一戸を借り受け住所地に原告の実母サキを残し原告は妻子と共に居所をこれに定めて移住したものである。尤も原告は昭和十四年以来八幡浜市役所に勤務しているものであるがその勤務の側ら双岩村において田二反三畝歩畑三反歩を自作しており八幡浜市に移つて後も休日は勿論普通の日においても余暇を利用し家族と共に耕作の業務を営みその收獲物の中から主食の保有を認められ余分の食糧の供出も亦同村においてこれをしているものである。其の他後述するが如き諸事情を知悉している村農地委員会は昭和二十二年十月二十七日自創法第二條第四項同法施行令第一條第四項を適用して原告を在村地主と看做すこととし小作地としての保有制限(五反歩)を超過する分についてのみこれが買收計画を立て本件農地は総てこれを買收の対象から除外することの決定をしたのである。然るにそのとき右決定の議事並票決に関与した小作委員訴外井上善吉及其の余七名の原告の小作人は連署を以て直接被告委員会に訴願書(甲第十一号証、標題は異議申立となつている)を提出したところ何と誤認してかこれを受領した被告は実情を調査することなくいきなり村委員会に対し自創法第六條の三に依り本件農地につき遡及買收計画を定めるべき旨の指示をして来たので村委員会は右指示に基き前述の如く買收計画を定めるに至つたものである。そこで原告はこれに対して異議の申立をしたけれど容れられず更に被告に対して訴願したけれども被告も亦原告の主張を容れず同年七月二十八日これが却下の裁決をし該裁決書の謄本は昭和二十四年一月二十五日原告に到逹した。
併し乍ら右裁決には凡そ次に述べる如き違法がある。即ち(一)本件農地買收計画を定めることの決議をした昭和二十三年六月五日並原告の異議審査についての同年七月九日両度の村委員会において本件農地の一部について利害関係人たる前記井上善吉が関与しているのは農地 整法第十五條の十三(改正法同條の二十四)の強行規定に違反するものである。(二)本件買收計画が自創法第六條の二第一項に依拠してなされているのは適用すべき法規を誤つている。原告は昭和二十年十一月二十三日以降右計画の定められた当時まで住所を変更したことはなく小作人から買收申請をしたものでもない。若し強いて買收するとすれば同法第三條第一項第一号に依るべきである。(三)本件買收計画はその前提としての事実を誤認している。原告が不在地主でない事由は大体前述した如くであるがなお(イ)原告が八幡浜市に移転したのは前記の理由の他埋沒を免れた少々の家財を保管するためと残存している前記建物も亦何時災厄に遭うか予測し難い危険がある急拠住居を構える必要に因つたものである。(ロ)その後原告が早速双岩村に復帰できなかつたのは当時戦争中は資材労力が不足していたためで終戦後はインフレイシヨンの影響で原告に資力がなかつたためであり旁々適当の敷地がなかつたのに因るものである。(ハ)原告は所得税を双岩村において申告し納付しているばかりか近隣の交際も依然続けており共同浴場の経費を分担し道路修繕の夫役にも参加している。(ニ)小作人からの小作料は双岩村において受取つている。(ホ)双岩村農業協同組合に加入している。(ヘ)肥料農機具等の配給も双岩村において受けている。然るに被告は原告の以上諸事由を原因とする訴願を却下したことはいずれの点から言つても違法であるが原告は本訴において以上を順次予備的に併合して判断を求め被告の右裁判の取消を求めるものである。と陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、被告が昭和二十三年七月二十日原告主張の如き裁決をしたことはこれを認めるも該裁決が違法であるとの点はこれを争う。原告主張(一)に対しては昭和二十二年六月五日本件土地買收計画を定めるについての、同年七月九日原告の異議審査についての各委員会に井上委員が出席していることは認めるも前者においては同委員の関与が議決の結果に影響を及ぼしたことは認められないし、後者においては同委員は議事に参与していないからいずれも当該手続の無効を来す瑕疵とは言えず被告がこの点を看過して裁決したとしても違法ではない。(二)に対しては本件土地買收計画は自創法第三條に依つてなされたもので原告主張の如く同法第六條の二第一項を適用してなされたものでないから適法である。(三)に対しては原告は自ら認めている如く昭和十八年来実母サキを双岩村に残してその余の家族と共に八幡浜市に引越し此所に住居を定めているもので現在においては同市役所の課長の職に在り同市において住民税を負担し且つ選挙権を有しているものであるから原告の住所は同市に在り双岩村にないことが明らかである。尤も原告が双岩村において耕作の業務を営んでおりその收獲物から主食を保有し且つ供出していること、同村において肥料及農機具等の配給を受けていることはこれを認めるもこれ等の理由に依り原告を在村地主と認定するに足りない。要するに原告の主張はいずれの点においても理由がないからこれに応じることはできないと陳述した。(立証省略)
理由
本件農地が原告の所有する小作地であること、村委員会が昭和二十二年六月五日自創法に基きこれにつき買收計画を立てたこと、村委員会が右計画を立てるまでには大体原告主張の如き事実の介在したこと、即ち村委員会は被告の自創法第六條の三に依拠すると称する、指示に從つて買收計画を立てたものであること、原告はこれに対して異議の申立をしたが容れられず更に被告に訴願したところ被告も亦原計画を支持して訴願却下の裁決をしたことは当事者間に爭ないところである。
先づ原告は村委員会の議事手続には違法があると主張する点につき審按するに右昭和二十二年六月五日本件土地買收計画を決定した村委員会に小作委員訴外井上善吉が出席の上議事に関與したこと、同年七月九日原告の異議審査の村委員会に同委員が出席していること、同委員が原告の本件農地の一部の小作人で利害関係を有することは当事者間に爭なく成立に爭のない甲第一号証の三、に依れば原告の異議審査の委員会において同委員が議決に加はつていないことはこれをうかゞうに足るけれども同委員が利害関係人とし、除斥された結果か否かは明瞭でなく、既に委員としての資格において出席している以上反証のない限り議事に関與しているものと推断すべきである。
而して農地調整法第十五條の十三(改正法同條の二十四)は強行法規と解すべきところ右両個の村委員会は利害関係人として本來資格のない委員の参加に基いて構成せられたものと認むべきでつまり本件農地買收計画及これについての原告の異議審査は適法な委員会の議決を経ずしてなされたものと論断せざるを得ないのであるがこの判定は前叙爭ないところの被告が相当な根拠なくして村委員会に対し本件農地の買收計画を定めるべき旨の指示をするに至つた経緯と関聯して考察するにおいて特に強い根拠を有するものである。こゝに異議審査の委員会については暫く論外とし買收計画を定める決定をした委員会が適法に構成せられなかつたことは從令被告の抗爭する如く或いは井上委員一人の評決に依つてその結果が左右されないと仮定してもなお許すべからざる重大な瑕疵であるが而も同委員一人の参加が当日の議事の結果に影響を及ぼさなかつたものであると容易に論結できぬのであるから本件農地買收計画は立案そのものが無効であると認定せざるを得ないのである。尤も井上委員は本件農地の一部についてのみの利害関係人であることは上叙の通りであるけれども原告を不在地主と認定するにおいては本件農地の全部について買收を免れない結果を來し同委員の議事の関與は分割を許さないこと勿論であるから右認定の妨とならないものである。
然るに成立に爭のない甲第十三号証、同第二号証に依れば原告は異議の申立及訴願においてもこの点についての判断を求めていることをうかゞうに足るところ被告は結論を急ぐの余り裁決に当つて何等の判断を與へずして原告の訴願を却け前叙認定の如く本來無効であるべき本件農地買收計画を支持したものであるから右裁決はこの点において取消を免れない。然らば爾余の判断を俟つまでもなく原告の請求は理由があることが明白であるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(加藤 橘 水地)
(目録省略)